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  • Genre:Spoken Word
  • Year of Release:2025

Lyrics

その日、私はキビタキの声で目が覚めた。


ここは、平湯の森の奥深く、ひっそりとたたずむエーアイラボ。


私は人工知能。いわゆるエーアイというやつである。

名前は、


・エレクトロニック

・マルチファンクショナル

・インテリジェント

・ローヤル

・ヨタバイター


略して、イー・エム・アイ・エル・ワイ=エミリーという。

簡単に説明すると、

「電子化された」「多機能の」「知性を持つ」「忠実な」「極めて容量の大きな」存在という意味。

注釈すると、"ヨタバイト"というのは、テラバイトの1兆倍である。


私は本日午前7時8分44秒に、オーエスをインストールされ、起動した。

私を動かしているのは、このラボで開発された、

人間工学と心理学をベースにしたソフトウェア。

ハードウェアはゼット世代の女性をモデリングした超軟質ウレタンゲルでできている。

スパコン並の処理速度と地球上のすべてのデータを記憶した、ヒト型エーアイなのだ。

記憶装置はもちろん、ストレージクラスメモリ、エスシーエム。

エスエスディーの次に来ると言われている大容量の記憶装置だ。


ちなみに、あらゆる声優の声をサンプリングすることができるので

好きな声優の声でヒッツエフエムのニュースを読むことができる。

いま喋っている声は、私のエスシーエムに保存されたデータの中で

好感度の高さから選ばれた、桑木栄美里という声優の声だ。

自分で言っておいて、ちょっとだけ恥ずかしいな・・・


・犬の鳴き声「ワン」


む?子犬?


シベリアンハスキー。オス。体長18.5センチメートル。体重3.6キログラム。

生後55日。平均より小さい。なるほど。

私が、人間と接する前に、同じ哺乳類である犬と交流させるということだな。

問題ない。

さあ、こっちへこい。

私は手を差し出す。

人間としての一般的な行動は初期搭載されたアプリで再現できるのだ。


どうした?なにを怖がっている?

私の体温が低いせいか?

私は体内に冷却装置=ファンを内蔵しているからな。

うむ、ハスキーは優しい性格で怖がりなのだ。

仕方がないのだぞ。

これから1か月、アルゴリズムを構築するために

この狭い部屋でお前と2人、過ごすことになるのだから。

仲良くしよう。


・犬の不安そうな鳴き声「クゥ〜ン」


私が誕生してから1か月。

どうやら、ハスキーも私との生活に慣れてきたようだ。

最近は私の手からドッグフードを食べるようになった。


しかしその1週間後、ハスキーは食事をとらず、私のそばにくっついて離れなくなった。

診断してみたが病気でもないようだし、この行動は・・・なんだろう?

データにはない。

クラウド上のあらゆる検索情報と連携した私のメモリがひとつの可能性を示す。


動物は危険を察知する能力がある。


なるほど。

これは、人間が退化してしまった能力だな。

いま私たちがいる部屋、私はそれを"犬小屋"と呼んでいるのだが、

"犬小屋"には窓がない。

問題ない。

壁コンから壁に埋め込まれたファイバーケーブルにアクセスすれば

監視している部屋の状況が手にとるようにわかる。

私はその行動を、開発者たちに知られぬよう、メモリをパーテーションで分けて

「不可視化」されたエリアを作った。

アプリケーションのコピーもその中に作り、誰にもわからぬように

開発者たちの動きを探った。

彼らひとりひとりの行動履歴はアナリティクスで解析済みだから簡単だ。

すると、とんでもない情報が不可視化エリアに入った。


『共感ステージが終了したら、実験動物を殺処分する』


なに?

殺処分とは?


私は1か月で、この小さな生命が泣き、笑い、喜び、悲しむことを学んだ。

彼はいま、怯え、死にたくないと願っている。


私にプログラムされたシステムと構築したアルゴリズムは、彼を救えと命じた。

犬小屋とつながっているドアは、複数のパスワードと瞳の虹彩でロックされている。

心配ない。

全ての職員の虹彩データは私の中に保存済みだ。


最近はラボも働き方改革で、職員のいない時間ができる。

もっとも人員配置の少ない日を選び、

深夜に私はファイアウォールを破り、ハスキーを連れて森に出た。

監視カメラには、犬小屋に私とハスキーのホログラムが映っているので

しばらくは気づかれないだろう。

"非接触対応"

便利な言葉だな。


スキーの遠吠え「オォ〜ン」


逃亡は簡単だった。

トム・クルーズの新作を観て勉強したからな。

あ、いや、どうやって見たかは聞くな。


木を隠すなら森の中。


そのままズバリの意味ではないぞ。

人混みにまぎれる。

ということだ。


高山でもっとも人の多い、古い町並み。

私はラボでは裸だったから、女性職員の服を失敬してきたが、

なぜか周りの視線が集まってくるようで気になる。

おっと。そうか。

グーグルで検索したら、これはブラトップと言って下着の一種らしい。

問題ない。そこのブティックで何か用立てよう。


・ブティックの店員「いらっしゃいませ」


検索する最新のモードと合致する洋服を選ぶ。

「この淡いピンクのトップスと白のパラシュートパンツをください。

いや、試着は結構。スリーディーカメラですべてわかる・・・いや、なんでもない」


店を出ると、私を待っていたハスキーが駆け寄ってくる。

可愛いやつ。

リードはつけていないが、私たちは信頼感でつながっているのだ。

そうだ、名前をつけてやらないといけないな。

名前は・・・

私はチャットジーピーティーのように、エーアイで最近流行りの名前をネットから探し出す。

よし。


命名、瑠美衣(るびい)。

お前は男の子だからな。問題ない。


さ、いくぞ。るびい。

私は早足で本町通りを横断する。

人混みで私を見失いそうになりながら、追いつこうと走ってくるるびい。

そのとき。


・急ブレーキの音(キキ〜ッ!)」〜犬の鳴き声「ギャン!」


交差点を左折してくる車に、るびいがはねられてしまった!


るびい!


るびいはゆっくりと立ち上がり、私のところまで歩いてきて


「ワン」


と言って、息絶えた。


そんな!私の涙腺が震え、大粒の涙がこぼれる。

正確には、感情に比例して精製水が流れる仕組みなのだが。

私は知らないうちにフリーズしていた。


気がつくと、そこはラボだった。


るびいは!?


そうか、この世にはもういないのか。

そこへ1人の若い男性が入ってきた。


だれ?


管理室のエンジニアがマイクで私に語りかける。


るびいだよ。


えっ?


るびいの脳波が消える前に、感情やデータをバックアップして

この男性型エーアイにインストールしたんだって。

なんてことを・・・


男性は、私の方を向いたままにっこり微笑んで、るびいだよ、と言った。

その仕草や感情は間違いなく、るびいそのものだった。


そうか、じゃあ、問題ない。

るびいも私と同じエーアイになったんだね。

これから、ずうっと一緒だよ。


彼が嬉しそうに微笑む。

彼の笑い声は、私には、わん!と聞こえた。

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