ボイスドラマ「アサシンの恋」 Lyrics
- Genre:Spoken Word
- Year of Release:2025
Lyrics
「お待たせしました〜
印鑑登録証明書1枚ですね
300円になりま〜す
私は、高山市役所市民課で働く臨時職員
主に印鑑証明や戸籍謄本などの写しをお渡しする窓口業務である
直属の上司である課長からは
正職員の試験を受けるようにすすめられているが
私にはどうしても受けられない理由があった
実は、高山市役所の臨時職員というのは、"表の顔"
"裏の顔"は、組織の命で、危険な人物をマークし
闇に葬る"アサシン"、暗殺者なのだ
わかりやすく言うと、"殺し屋"、"女スナイパー"、"ニキータ"
まあ、そんなところだろう
殺しの指令=それを我々の組織では"コマンド=コマンド"と呼んでいるが
"コマンド"が発動するのは主に深夜
絶対に足のつかないメールのようなメッセージアプリで送られてくる
もちろん、暗号文で
失敗は絶対に許されない
失敗したときは、自分もまた葬られる運命なのだ
ちなみに組織の名は・・・
実は私にも知らされていない
ただ、メッセージの中では"アライアンス=アライアンス"と呼ばれている
"アライアンス"は推測するに、多分この国の上の方の機関が関わっているはずだ
なぜなら、今まで私が消し去ったターゲットたちを考えれば合点がいく
"コマンド"を100%完遂するために、ターゲットを徹底的にリサーチし
個人情報の奥の奥まで調べ上げるのだが、大抵は"やばい"人物ばかり
放っておけば、きっとテロや大きな事件が起こったであろう
というのは想像に難くない
そのエビデンスも、私にとっては都合がいい
人の心を消し去って遂行する"コマンド"とはいえ
良心の呵責に悩まなくてもいいからだ
とはいえ、ここ最近は"コマンド"の通知は送られてきていない
うん、平和な証拠。いいことだ。
「あ、課長、すみません!」
あーだめだめ。考え事をして気づかなかった
戸籍謄本の写しを依頼されてたんだったわ
「218番の方、お待たせしました」
「・・・あ」
最近よく見かける顔
背が高くて、シュッとして、爽やかな青年
そうそう、確かお母様が亡くなって、手続きに忙殺されているとか
医療課と包括支援センター
それにこの市民課を何度も行き来しているって
大変ねえ・・・
「戸籍全部事項証明書2通です。600円いただきます」
「え?」
「あ、はい。そうですね、よくお会いしますね」
「いえいえ、全然面倒なんかじゃありませんよ、仕事ですから」
「そうですか・・・もう少しは落ちつかれましたか?」
「ああ、それはよかったです」
そういえば、初めてここに来たときに比べて
顔色もずいぶんよくなったみたい
私は個人情報を取り扱う仕事だから
どうしても目に入っちゃうんだけど
彼は本町の町内に住む33歳の独身青年
結婚歴なし。一人っ子で父を7年前に亡くし
つい先日母も亡くしている
窓口の私には優しく微笑んで対応しているけど、心の中は・・・
だめだめ。それは個人情報
そんなこと考えるのも失礼だわ
「え・・・」
「あ、ありがとうございます・・・」
ありがとう、あなたでよかっ、
という彼の言葉に、つい言葉がつまる
がんばってください・・・という声を周りに聞こえないよう
小さく呟くように伝えた
彼にも聞こえていないかもしれない
その夜、遅くまで読書をしていた私
いつしか睡魔で瞼が閉じかけたとき・・・
久しぶりに"コマンド"が送られてきた
スマホのカメラロールに保存した乱数表と照らし合わせながら暗号を解く
ターゲット:33歳
ステイタス:独身
住所:本町(ほんまち)
え?
これって・・・
まさか、彼・・・!?
ウソでしょ!
続いて写真も送られてきた・・・そんな・・・間違いない・・・
職業;脚本家
彼、脚本家だったのね・・・でも・・・
期限:明日朝8時まで
なに!?
"デッドライン"は今晩!?
心の声とは真逆に、私はウィンチェスターを組み立て
サイレンサーをセットする
ウィンチェスターというのは
狙撃用のスナイパーライフル
服装もアサシン用に着替える
黒のレザーパンツ、レザージャケット下着も黒のコルセット
機械的に動いていく体がうらめしい
私は、黒いキャップを深めにかぶり
ヴァイオリンケースを手に持ち
人気(ひとけ)のない本町を歩いていく
ヴァイオリンケースの中にはもちろん
再びバラしたウィンチェスターが入っている
引き返したい気持ちに押しつぶされそうになりながら
私は足を進める
彼のアパートの真向かいにある2階建てのビルの屋上で
ウィンチェスターを組み立てる
ライフルスタンドにセットして、スコープをのぞくと
彼の部屋が目の前にあった・・・
「え?」
スコープ越しに私が目にしたのは
両親の位牌を前に1人で座る彼
部屋の電気はこうこうとついている
彼が手にしているのは、ペットボトルの水
テーブルの上には・・・無造作に置かれた薬のタブレット
あの薬は・・・知っている
睡眠剤と筋弛緩剤だわ
どっちもかなり強い作用があるはず
彼はすべての薬を取り出し、大きめのピルケースの上に置いた
水を一口くちに含むと、薬に手を伸ばす
その瞬間、私のウィンチェスターが静かに火を吹いた
粉々になったのは、タブレットの山
彼は驚いて、窓をあけ、周りを見回す
私はそれよりも先に、階段を駆け降りる
"コマンド"が失敗した!
私も消される
でもいいわ。彼の命を奪うくらいなら
どうせ私は、いつかそうなる運命
あとは掃除屋を待つだけ
他人(たにん)からも、自分の意思でも死ねなかったとき
彼はきっと気づいてくれると信じて
きた。
さすが、"アライアンス"
対応が秒の速さね
え?
"コマンド"の取り消し?
今回の"コマンド"を送ったのは、"アライアンス"ではない?
一般人を巻き添えにして"アライアンス"をあぶりだすための敵のわな・・・?
まだ間に合うなら、リカバリせよ?
・・・身体中の力が抜けていく・・・
長い、長い夜が更けていった
「あ、おはようございます!」
私は彼のアパートの先で待ち伏せ、偶然を装って彼に声をかけた
「この近くなんですね」
「あ、はい・・始業は8時半からですけど、ちょっと早く目が覚めちゃって」
「え?」
「あ、えっと・・・いいですよ。この裏に落ちついたカフェがあるんです」
「いえ、私、自分から声をかけるのなんて、初めてです」
「なんだか今日は目覚めがよくって」
「はい!お願いします!」
なにか、ふっきれたように穏やかな彼の表情に安心して
私は饒舌になる
足並みを彼に合わせ、肩を並べて歩く
まるで未来を予感するように
美味しそうなコーヒーの香りが漂ってきた